観覧車が見えた。
目の前を歩いている子供が、「遊園地だ〜」と浮かれている。
私の心も「観覧車だ〜」と浮かれていたので、
同じだっとちょっと苦笑。
みなとみらいの観覧車って一番眺めがよかった気がするけど、
乗りたい気持ちをこらえ、
会場に。
パシフィコ横浜。
受付で昨日買ったはずの前売り券を忘れてきた事に気付き、
当日券を買う。トホホ。
本日の会議は、
脱原発を目指し、いろんな団体が一堂に会し、皆でシェアしようという企画。
映画上映あり、ライブパフォーマンスあり、講演会あり、写真展示あり・・・。
まず向かったのは被曝問題研究会主催の「放射線外部被曝と内部被曝はどう違うか」という講演会。
今日のスピーチは澤田昭二さんという広島で自らも被曝されて、
原爆症患者認定訴訟の原告側証人として原爆被害者救済にあたってこられた物理学者の方。
物理学者の方の講演は、電子とか中性子とか、ぴんときずらい言葉が出てくるのだが、
面白い。ミクロの世界はマクロと同じだな、と思う。
おおざっぱに私が理解したところによると、外部被曝というのは、透過力が強いもので(ガンマ線や中性子線)、DNAを破壊し体を突き抜けるが、大部分は修復できるもの。
もちろん、線量によるけど。
逆に、呼吸・飲食・傷から放射性物質の体内摂取による内部被曝は、透過力が弱いものは(ベータ線)強い影響が出て、DNAを破壊し、修復が出来なかったり、間違ってしまったりする。
日本が現在放射線の安全基準としているICRPはこういう違いを軽視・無視している。
そもそも、このICRPって信用ならなくて、原爆による被曝被害のデータを日本は全部アメリカのABCCに渡してしまった、悪名高きABCCの後釜。
核兵器政策と原発推進政策に従属した機関だから、放射線の影響を過小評価するのは必然。
そのデータをもってして、安全だって言われてもね・・・・。
怒涛のように話されていたな・・・。
そして、脱原発ポスター展などを鑑賞。
「原子力より、原始力。」これが気にいったかな。
長崎・広島の写真、チェルノブイリの写真、展示も見て回った。
そして、何気なく入ったブースが
「原発の要らない懐かしい未来を想像してみよう!」という企画。
ヒマラヤの辺境ラダックの伝統的な社会の映像をみた。人々は自然と共に生きて、
地域の皆で作業をしたり、収穫の後は1週間ほど祭りが続いたり・・・と。
映像をみた後、隣の人(初対面)とディスカッションをする時間があった。
自己紹介から、何を感じたか、など。
私が話したおじ様は、西東京から来ていて、原発事故後に子供と孫は既に北海道に移住していて、
自分もあと少しで移住するとおっしゃっていた。食品などにも、やはり気をつけている、と。
私も食品などには気をつけてるけど、移住までは考えてないです、と。
しばらくして、隣に座ったおばさまは、クライストチャーチに住んでいて、
地震の後は皆で助けあっていた。だから、地震は悲惨だったけど、いい事も沢山あった。
ラダックの人々のように皆で助けあう生活は普通にできることじゃない?って言っていた。
私は現在の東京の生活とラダックの生活と、あまりのギャップに
「こういう生活を日本でされてるとこはあるんでしょうか?」と言ったら、
「あなたがやればいいじゃない」と返された。
発想の転換が必要だ、若い人が頑張ってと言われた。
そうだよなー、これって東京じゃ無理とか考えるのって、あまりにつまらないよな、と思った。
そして、第2部の映像が、そんな地域まるごと共同体!って生活をしていたラダックに
近代化の波が押し寄せる映像。75年から90年頃までのわずかの間に、
農村地帯に道路ができ、車や人が入り、お金が入り、
地域で回っていた暮らしが、皆がお金を稼がなくてははならない生活に変わっていく。
近代化があたかも素晴らしいという映像や教育が普及し、農作物なども外から入ってくるものが安いので、
手間をかけてやっていた農業もすたれていき、人々のつながりも消えていき、
誇りを失っていく・・・と。
この流れは敗戦後の日本も同じなのかな。
この後もディスカッションタイム。また新たに隣に座った若い体格のいい兄さんと話す。
南相馬市からいろいろな方と話す為に来た、と言っていた。
「何か気にされてますか?」と聞いてみたところ、
「正直、気にしていたら生活ができない。仕事もあるし。ホントに気にするなら、防護服着て、生活しなきゃいけないレベルだし。ただ、子供は外では遊ばせられない」と言っていた。
明るく、何かしたい、と言っていた。その必死さが伝わった。
そして、アラスカの先住民だという方が皆の前で英語でお話してくれた。
全て、録音しておきたかった、と思う位、その言葉が響いた。
ボーディドリーの歌を聴いた時、ぐさっと胸に届いたが、その時と同じだっと思いだした。
「今は、私も近代的な生活になっているけど
心は自分のルーツを忘れていない
私は日本の漁師と話をした
農家と話をした
ハンターと話もした
だから、知っている
日本は大丈夫だ
あなたたちも、
自分のルーツを忘れてはいけない
思いだしてほしい
自然とつながっているということ
人間は自然の一部だということ
誇りを忘れないで」
とそのような内容だった。
ぽろぽろ涙がこぼれてしまった。
あたたかく、包み込む、言葉たちだった。
懐かしい未来というのは、こういうことなんだって
私達がルーツでもってるものを思いだして
つくっていくことなんだって。
ひと休憩をはさみ、また会場を見学。
最後に立ち寄った会場は
反核屋というブース。
トランペッターの類家君がゲスト出演するというので、楽しみにしてた。
はじめに代表の2人のトーク。
石巻で被災して、今は大阪に住んでいるという武藤北斗さんと
八戸市でSTOP再処理に動き続けているYAMさんの話。
自分は脱原発ではなくて、反核だって言っていた。反核っていうと、抵抗ある人も多いみたい。
私も反核だ!即とめてほしい。
原発をとめるもの重要だけど、再処理の問題も考えないと、抜け落ちてしまう、と言っていた。
確かに、これを止めなければ、再処理工場は「原発1年分の放射能を1日で出す」!
止めよう!六ヶ所再処理工場
⇒http://cnic.jp/modules/rokkasho/index.php?cat_id=0
トークの後にライブ。
YAMさんはパーカッションを叩いていた。そこに、ボーカルギターの方と類家君が加わって、
独特のサウンド。反原発の歌ばかりなんだけど、詩的でよかったな。
青森ならではの、祭りの歌が入ったりもしていた。類家君のトランペット素敵〜
やっぱり音楽はいいね〜
原発はいらない。
何とかなくなってほしくて、
いろいろ模索してる。
それぞれが、いろいろな方法で
動いているってことも知れた。
まだまだ、知らなきゃいけないことが多くて
知っても憂鬱になることばかりだけど、
このまま、何もなかったかのように
再稼働とか
あり得ないし。
そこに目をむけずに過ごすこともできないし、
とにかく、やり続けるしか、ないね。

